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札幌地方裁判所 昭和41年(ワ)1219号 判決 1969年1月31日

原告 横林勉

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 入江五郎

被告 坂東定夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 山根喬

主文

被告らは連帯して原告らに対し各金一五一万五、二五二円及びうち金一三九万〇、二五二円につき昭和四一年一〇月一三日以降、うち金一二万五、〇〇〇円につき昭和四二年一〇月一八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その二を被告らの負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、本件事故の発生及び淳の死亡に関する請求原因一の事実及び被告坂東が加害車の運行供用者であり、被告清水が本件事故当時加害車の運転者であった事実は当事者間に争いがない。

二、被告清水の過失について

≪証拠省略≫を総合すれば、

本件事故現場は幅員約三メートル、奥行約三六メートルの非舗装の袋小路で附近は住宅街であり、一旦同小路に進入した自動車はそのまま後退しない限り同小路から出られない状況であること、被告清水は米穀業を営む被告坂東の従業員(運転手)として配達等のため同小路に出入しており、本件事故現場の地形には通じていること、本件事故直前被告清水は右袋小路の奥にある田崎方へ配達のため加害車を運転して同小路へ進入しようとした時同小路の中ほど附近に主婦の松田トヨ、佐藤律子、山川のり子が居合わせ、また、その附近に五才未満の幼児が二、三人遊んでいたのを目撃していたこと、被告清水は配達を終え加害車を後退させようとしたが、このような場合自動車運転者としては前記のように本件事故現場が住宅街であり、殊に、その直前に幼児及び主婦がいるのを目撃していたのであるから、幼児らが自車の後退進路上に立入ることを予測し、主婦及び幼児らに声をかけるか、警笛を吹鳴するかなどして自車の後退を知らしめると共に、加害車は荷台にホロがかけられ、運転者席から後方、特に左後方附近の安全の確認が困難であったから、適宜停車しつつ後方の安全を確認しながら後退すべき注意義務があるのにこれを怠り、単に右窓、左フエンダーミラー及び運転者席の後方窓から後方を確認したにとどまり、そのまま後退した過失により、折から加害車の左後方を歩行していた淳に気付かず加害車輪を接触させて即時同人を轢死するに至らしめたこと

が認められる。≪証拠判断省略≫以上の事実によれば、本件事故は被告清水が前記注意義務を怠った過失に起因することは明らかである。もっとも、同被告は「加害車を後退させるに前に、後方にいた松田トヨらに対し『お早よう。さがるからね』と声をかけ、同人らの注意を喚起した。」旨供述するが、証人松田トヨ、佐藤律子、山川のり子の証言によれば、被告清水の右の注意は全く同人らに聞こえていないことが認められるから、同被告が右のように松田らにそのように声をかけたとしても、これをもって、注意義務を尽したものと認めることはできない。

このように本件事故発生につき被告清水に過失あることが明らかであるから、その余の点を判断するまでもなく、被告坂東の自賠法三条に基く抗弁は失当であり、被告らは淳及び原告らが蒙つた後記四認定の本件事故による損害を賠償する義務あるものといわなければならない。

三、過失相殺の主張について

被告らは、本件事故は原告らから淳の監護を委託された松田トヨの過失にも起因する旨主張する。≪証拠省略≫によれば、松田は原告らの近所に居住するもので、本件事故当日午前九時から午前一一時までの間、淳の母親である原告セツ子から淳の子守を頼まれていたもので、本件事故直前それまで抱いた淳をおろし、佐藤律子らと雑談し、暫時目をはなしているうちに淳がひとり歩きして本件事故に遭遇したものであることが認められるから、本件事故発生は松田にもその責任の一半があるものということができる。しかし、被害者本人以外の第三者の過失が過失相殺の対象となるのは、被害者本人とその第三者が身分上あるいは生活関係上一体をなしており、第三者の過失を被害者本人の過失と同視しなければ不公平であると認められる場合に限るものと解すべきところ、本件においては、前記のように淳の母親である原告セツ子から子守を頼まれた近隣の主婦に過ぎない松田については淳との間に右のような一体関係が存するものと認めることはできない。よって、被告らの過失相殺の主張も失当である。

四  損害額の算定について

1  淳の得べかりし利益喪失による損害

(一)  淳の稼働期間

前記のとおり淳は本件事故当時一年四ヶ月の男子で、≪証拠省略≫によれば、淳は死亡に至るまで順調に成長していたことが認められるところ、厚生省発表の第一一回生命表によれば、昭和四〇年における満一才の男子の平均余命は六六・五六年であるから、少くとも淳は右余命期間生存し、原告らが自らその稼働期間として主張する二〇才から五五才に達するまでの三五年間収入を挙げ得たものと認めるのが相当である。

(二)  淳の収入

≪証拠省略≫によれば、淳の父である原告勉は短大を卒業後北海道庁に勤務する地方公務員であって、その家庭状況からすれば、淳は少くとも高等学校を卒業し得たものと推認することができる。

ところで、原告らは得べかりし利益の算出につき過去の実績に照らし将来の実質賃金の上昇率をも考慮すべきことを主張する。しかし、過去の我国の実質賃金が上昇の傾向をたどったとしても、単に原告ら主張のような事情だけから、得べかりし利益の算定との関係において、将来における同率による実質賃金の上昇を認めることは相当ではないし、他にこれを裏付ける資料もない。

そこで淳の得べかりし利益は、同人が二〇才から五五才に達するまでの前記稼働期間少くともその年令階級(二〇才~二四才、二五才~二九才、三〇才~三四才、三五才~三九才、四〇才~四九才、五〇才~五四才)に応じて、労働省労働統計調査部による「賃金構造基本統計調査」第一巻第二表によって認められる企業規模一〇人以上二九人以下で旧制中学校新制高等学校卒業の学歴を有する男子労働者の全産業の月額平均給与(別表四の(2)欄)及び年間特別給与(同表の(3)欄)を得たものとして、これらの金額(その年収額は同表の(4)欄)によって、算出するのが相当である。

右の一〇人以上二九人以下の企業規模は前記調査による同表にあらわれた企業規模のうち最小のものであり、また、その給与も他の規模の企業及び全企業の平均額より低額であるから、右の数値を基礎として幼児の得べかりし利益を算出することは「確実にしてかつ控え目な算定」という趣旨にそうものということができるし、また全稼働期間を通じての平均賃金によらず右のように年令階級に応じて昇給を考慮するということは、年功を重んじる我国の実情に即したものということができる。

(三)  淳の生活費

右の得べかりし利益から控除すべき淳の稼働期間(二〇才から五五才に達するまで)における生活費については、配偶者の有無、子の有無、その地位、年令などによって異り一率に何円と金額を確定することは相当でないし、また、結婚、出産、昇進などを想定してその年令に応じた金額を定めてみても前記(二)の給与の場合と異なり、その想定が困難である以上、余り正確な数値は期待することはできないから、社会通念にそった平均的観察に基いて定めるよりほかない。しかして、人間は一応その収入に応じた生活をするのが常であり、その間独身時代は生活費の占める割合が比較的高く、老令に近づくとその割合が低くなり、また、男子は結婚後世帯として他の家族より多く支出するのが通例であることなどを考えると、男子についてはその稼働期間を通じ収入の五割を生活費として支出しているものと認めるのが経験則に照らして相当である。

(四)  得べかりし利益の現在値

以上の観点から淳の稼働年令後の生活費を控除した得べかりし利益を算出し、中間利息控除につきホフマン式(年別複式)計算法を使用して一才当時の現在値を求めると別表四の(7)欄の合計欄のとおり金三四六万〇、九四〇円となる。更に、原告らは稼働年令である二〇才に達するまでの淳の生活費として自認している金一三九万一、二五六円を控除して請求しているから右額を控除すると、同人の得べかりし利益の現在値は金二〇六万九、六八四円となる。

(五)  被告らは淳の得べかりし利益の算定につき、淳の死によって原告らが支出を免れた淳のための養育費、進学費を控除すべきである旨主張する。しかし、これら費用の支出を免れた利益は淳の両親である原告らに生じたものであって、淳に生じた利益ではない。損益相殺するためには損害も利益も同一人に生じたことが前提とされる以上、右主張は採用できない(淳の稼働年令に達するまでの生活費についても同様のことがいえるわけであるが、これについては、その支出を免れた原告らが自らこれを控除して淳の得べかりし利益を請求しているのであるから、このような場合には裁判所としてこれを控除して差支えないものと考える)。また、被告らは将来の収入に課せられるべき公租公課をも控除すべきであると主張する。しかし、公租公課は損益相殺の対象となる利得とは解せられないし、所得税法九条一項二一号の被害者保護の法意にかんがみ、これを得べかりし利益から控除することは相当でない。

2  淳の慰藉料

淳は前記のとおりなお約六八年間の余命期間生存し得たはずであったのに、本件事故によりわずか一年四ヶ月の短い一生を終ったもので、その精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇万円が相当であると認められる。

3  原告らの相続

よって、淳は本件事故により被告らに対し前記1及び2の金額を合算した金三〇六万九、六八四円の損害賠償請求権を取得したものというべきところ、原告らが淳の相続人でその権利の二分の一を相続したことは当事者間に争いがないから、原告らは右損害賠償請求権の各二分の一(金一五三万四、八四二円)を相続により取得した。

4  原告らの慰藉料

原告らがはじめての子である淳を本件事故によって失ったものであること及び本件事故発生に至る経緯その他諸般の事情を考慮すると原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は各金五〇万円が相当であると認められる。

5  保険金の控除

原告らが昭和四一年一一月二八日自動車損害賠償責任保険金を各金七五万円ずつ受領したこと、原告らが淳の葬祭費用として金二一万〇、八一七円を支出したことは当事者間に争いがなく保険会社が弁済充当の指定をしなかったことは被告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。そこで、被告らの主張にしたがい右保険金を葬祭費に二一万〇、八一七円(各自金一〇万五、四〇八円ずつ)を充当した後の各自の残額金六四万四、五九〇円を前記損害額から原告の主張にしたがって控除すると、原告ら各自の損害賠償請求権(弁護士費用を除く)の金額は金一三九万〇、二五二円となる。

6  弁護士費用

≪証拠省略≫によれば、原告らは弁護士入江五郎に、本訴の提起、追行を委任し昭和四一年一一月二八日までに報酬として合計金二五万円(原告ら各自半額支出)を支払ったことが認められるが、被告らが自己の損害賠償責任を否定していることは本訴の経過に照らして明らかであるから、原告らがこのような被告を相手方として本訴を追行するには弁護士を委任しなければ、その権利の実現が困難であると認められる。従って、これに要する原告らの支出する弁護士費用は本件事故と相当因果関係に立つ損害であると認めるべきであり、事案の内容、訴訟の経過、当裁判所の認容額(弁護士費用を除く)などに照らせば、右金二五万円は本件の弁護士費用として相当というべきであるから、右金額は加害者である被告らにおいて負担しなければならない。

7  よって、被告らが原告ら各自に対し損害賠償として支払うべき金額は金一五一万五、二五二円(5の保険金控除後の金一三九万〇、二五二円に6の弁護士費用金一二万五、〇〇〇円を加えたもの)となる。

五  よって、原告らの本訴請求は、被告らに対し連帯して各原告につき金一五一万五、二五三円及びうち金一三九万〇、二五二円(弁護士費用以外の分)に対する本件事故の翌日である昭和四一年一〇月一三日以降、うち金一二万五、〇〇〇円につきその支出後である昭和四二年一〇月一八日以降各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

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